「アセクシュアル（アセクシャル）」「無性愛」とは何ですか？ 定義は？

そうだね、それを理解するにはまず「性的指向」の話から始めようか。

確かにちょっと身近に感じない用語に思えるかもしれない。でも身近で誰でも関係のある言葉だよ。

性的指向というのは簡単に言ってしまうと「どんな相手に性的に魅力を感じるのか」ということだ。

いや、そういう容姿や年齢の話ではないんだ。これは相手の性別やジェンダーの話だよ。

例えば女性を例にするとしよう。その女性は男性に性的な魅力を感じるとする。もちろんどんな男性でもいいわけではないのはわかっているよ。相手の容姿や性格とかも大事な判断要素だからね。それは置いておいてその例として挙げた女性は男性に性的な魅力を感じる個人の基本傾向がある。それはその人の性的指向であり、そして異性に性的に惹かれる性的指向を「異性愛（ヘテロセクシュアル）」と呼ぶんだ。

でも別の女性は女性に対して性的な魅力を感じることもある。つまり同性に性的に惹かれる個人の基本傾向がある。逆に男性には性的には惹かれない。そういう性的指向を「同性愛（ホモセクシュアル）」と呼ぶよ。「ゲイ」や「レズビアン」と言ったりもするね。

そうだよ、逆転するだけだ。大事なのは異性に惹かれるのか、同性に惹かれるのか。そして異性にも同性にもどっちにも性的に惹かれる人もいる。これは「両性愛（バイセクシュアル）」と呼ぶ。

あとは「パンセクシュアル」とか、他にもいろいろあるんだけど、キリがないので今は割愛するね。ともあれ、異性愛、同性愛、両性愛…。こういうのが性的指向だ。わかったかな？

でもこれで終わりじゃない。どんな性別の他者に惹かれるかを今まさに説明してきたけど、まだ説明していないものがある。

「どちらにも惹かれない」というのを忘れているよ。

そう、相手が女性であれ男性であれ、どんな性別であれ、他者に性的に惹かれない人もいる。それを「アセクシュアル」、日本語では「無性愛（むせいあい）」と呼ぶんだ。

うん。誰に惹かれるかがアイデンティティになるなら、誰に惹かれないかもアイデンティティになるんだよ。アセクシュアルもひとつの性的指向だ。

アセクシュアルは英語で「asexual」と書く。この「ア」は「a」のことで、英語では「無」を意味する接頭辞だよ。英単語ではよくあるね。

そうだ。ちなみに英語では「asexual」の「a」は「ア」じゃなくて「エイ」と発音するよ。なので正しい発音で表記するなら「エイセクシュアル」だね。

日本人は「ア」の方が言いやすかったんじゃないかな。だからあえて「Aセクシュアル」と表記する人もいて、発音を読み手に委ねる場合もあるよ。

日本語の表記はさらにもっとややこしいんだ。というのも「sexual」の部分も「セクシュアル」と表記することもあれば「セクシャル」と表記することもある。

だから「asexual」の日本語表記は「アセクシュアル」「エイセクシュアル」「Aセクシュアル」「アセクシャル」「エイセクシャル」「Aセクシャル」といっぱい乱立することに…。

それも鬱陶しいので「アセク」とか「Aセク」とか省略する表現もよく日本では使われるよ。

ちなみに英語圏では「Ace」という表現もよく使われていて、これは仲間同士で使う愛称みたいなものだよ。「エース」と呼ぶよ。

「asexual」の「a」は当事者コミュニティのトレードマークでもあるし、「A」と大文字で書けばトランプのエースを連想するよね。

それに「エース」ってスポーツなんかでは「最高の選手」みたいにポジティブな意味があるでしょ。「無」を意味する「a」はどうしてもネガティブに思えてきてしまうし、当事者は劣等感を抱えがちだから、それを逆手にとって自信を与える意味でも「Ace」と仲間の間では呼び合うんだよ。

核心をつく質問だね。英語では「asexual」は以下のように定義されることが多い。有名なアセクシュアル・コミュニティ「AVEN」のウェブサイトから引用すると以下のとおりだ。

ざっくり翻訳すると「性的魅力を経験しない人、もしくは性的関係を持ちたいと本質的に切望することがない人」となる。

この「AVEN」はアセクシュアルのための活動をずっとしてきた歴史ある当事者団体だけど、そんな「AVEN」でさえアセクシュアルの定義は慎重に議論され、何度も修正されているんだ。

とりあえずわかってほしいのはアセクシュアルというのは包括的な用語でもあるということだ。

総称と言うべきかな。ひとつのピンポイントなパターンを意味しているわけじゃない。かなり広い範囲をカバーしている用語なんだよ。

アセクシュルは「一切誰にも性的に惹かれない」というピンポイントなアイデンティティを示すこともあるけど、「性的に惹かれない」という概念に関連したいろいろな細かいアイデンティティを含めることもあるよ。

例えばアセクシュアルに関連して「デミセクシュアル」や「グレーセクシュアル」などという用語もある。日本では「ノンセクシュアル」という用語も使われる。これらはアセクシュアルという大きな枠に入ると考えることもできる。この場合はアセクシュアルは包括的な用語で、こういう包括性を「アンブレラ（傘）」と呼んだりする。

誰にも性的に惹かれないのがアセクシュアルだけど、誰にも恋愛的に惹かれないのはアロマンティックと呼ぶんだ。誰にも性的に惹かれないし、恋愛的にも惹かれないなら「アセクシュアル・アロマンティック」だね。アセクシュアルとアロマンティックをさらに包括的にひっくるめて「Aスペクトラム（A-spec）」と呼ぶことがあるんだよ。

うん。基本的には分けて考えるよ。でも日本では「性的にも恋愛的にも惹かれない」ということをアセクシュアルと呼ぶ当事者もいるけどね。このあたりの話は「ノンセクシュアル」の疑問解決で詳細に説明しているので参考にしてね。

あとこれもよくある誤解だけど、日本語で「無性愛」と書くから「性別が無い」という意味だと思われることもあるけど、そういう意味では全くないからね。

定義を考え出すといろいろな当事者個人のことを考えることになるから大変なんだ。

わかってるよ。恋愛に関してはアロマンティックという言葉もあるけど、それも具体的には別で説明しよう。1度で全部を理解できる人はまずいない。これからじっくり説明していこう。焦らず一歩一歩ね。