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NHKがアセクシュアル・アロマンティックを題材にしたドラマ『恋せぬふたり』制作を発表。当事者からは喜びと同時に不安の声も…

ドラマ「恋せぬふたり」

ドラマ『恋せぬふたり』の制作が発表

2021年10月25日、NHKは2022年1月10日よりNHK総合で放送予定の新ドラマ『恋せぬふたり』を発表しました。

『恋せぬふたり』のあらすじをNHKは以下のように説明しています。

“恋愛”を前提としたコミュニケーションになじめず日々暮らしている咲子(岸井ゆきの)。ある日、会社の後輩が企画した“恋する〇〇”キャンペーン商品を見にスーパーへ訪れた際、店員の高橋(高橋一生)から「恋しない人間もいる」と言われ、ハッとする。咲子は結婚を急かす母親のいる居づらい実家を出て親友とのルームシェアを計画するが、その親友が元カレとヨリを戻したことでドタキャン。心が折れそうになった咲子は、ネットで「アロマンティック・アセクシュアル」という言葉と出会い…。

NHK

ダブルで主演となるのは、2009年にドラマ『小公女セイラ』でデビューし、2016年のNHK大河ドラマ『真田丸』や2018年後期のNHK連続テレビ小説『まんぷく』などNHKとも馴染みが深い「岸井ゆきの」。そして、『みかづき』『スパイの妻』『岸辺露伴は動かない』など多数のドラマや映画に出演し、とても多くのファンを獲得して人気の高い「高橋一生」

岸井ゆきのと高橋一生の2人の主演俳優は今回の発表にあたって以下のようなコメントをだしています。

岸井ゆきの コメント
私が演じる咲子は、恋愛のことが分からなくて、それを分かっているのが当然のまわりの人たちとの関係になじめず、とまどいながら生きています。でも人は好きだしひとりは寂しい、恋愛抜きで家族を作ろうとがんばります。人は、誰にもわかりっこないと思っている人もみんな、本当は自分のことをわかって欲しいと思います。性格が違う、価値観が違う、それでも同じ社会で生きてます。その中でこんな生き方もあるのだと感じていただければ幸いです。

NHK

高橋一生 コメント
生活や仕事。日常にいつからか「あたりまえ」にあったものや考えが、誰かにとっては「あたりまえ」ではなかったとしたら。何かと世の中進むのが早くて、あたりまえではないものを「そういうこともある」として、じっくり理解を深めていく事が難しくなってきました。誰かにとってのあたりまえが、別の誰かにとっては当てはまらず、理解しにくいことなのかもしれません。今回参加させていただく作品を機に改めて自分の「あたりまえ」を見つめ直してみたいと思います。

NHK

脚本は、巷で話題になったBLドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』を手がけた「吉田恵里香」が担当しています。

アセクシュアル・アロマンティックが主題に

この 『恋せぬふたり』 の制作が発表されると、インターネット上でも話題となりました。

とくに「アセクシュアル・アロマンティック」を題材にしていることは大きく特筆されます。

アセクシュアル(アセクシャル)やアロマンティックは性的少数者(セクシュアル・マイノリティ、そうした人々の連帯を総称して「LGBT(LGBTQ等とも)」と呼ぶ)であり、こうした人々を主人公にした映像作品は珍しく、ことさらアセクシュアル・アロマンティックとなるとほとんどないのが現状です。そうしたLGBTを題材にする映画やドラマが比較的目立つようになってきた欧米でも、アセクシュアル・アロマンティックを主題にしたものはほとんどありません。

日本では、2020年にはAbemaTVで『17.3 about a sex』というWebドラマが配信され、こちらではメインキャラクターの女子高生のひとりがアセクシュアル&アロマンティックであり、悩みながら前に進む姿が描かれていました。今回は日本の世帯を幅広くカバーして視聴者数も圧倒的に多いNHKがドラマの題材にするということもあって、アセクシュアル・アロマンティックのレプリゼンテーションとしても大きな出来事になると言えるでしょう。

この『恋せぬふたり』 の制作発表のニュースを知ったアセクシュアル・アロマンティックの当事者からも「あのNHKがアセクシュアル・アロマンティックを取り上げたドラマを作るなんて!」と喜びの声があがっており、SNSでもそうした歓喜の反応が拡散されています。

なお、今回のドラマの発表が行われた時期は、アセクシュアルの普及啓発などを行う「Ace Week」の期間でしたが、意図したのかは不明です。

喜んでばかりもいられない理由

しかし、その喜びの一方で不安を示すアセクシュアル・アロマンティックの当事者も少なくありません。

その理由は、アセクシュアルやアロマンティックといった性的指向・恋愛的指向は誤解や偏見に基づいて作品で描写されてきた過去があるからです。

例えば、アセクシュアル・アロマンティックは病気であると描写されてしまったり、感情が欠落した人間であるかのように描かれたり、一時的な気の迷いなので治すことが可能であるかのように表現されたりしてきました。誤ったレプリゼンテーションがいかにリスクがあるのかという問題は、ドキュメンタリー『トランスジェンダーとハリウッド 過去、現在、そして』でも映し出されていました。アセクシュアル・アロマンティックだけでなく、LGBT全体の最重要な問題のひとつです。

こうしたこれまでの経験からアセクシュアル・アロマンティックの当事者は自分の性的指向や恋愛的指向が描かれることを素直に喜べない状況であり、このドラマ『恋せぬふたり』にも警戒する声があがっています。

また、ドラマ『恋せぬふたり』の現時点で公表された情報によれば、「アセクシュアル・アロマンティックの当事者である2人の男女が同居生活を始める」「ラブではないコメディ」と説明されており、これもまた当事者を不安にさせる原因になっています。

アセクシュアルやアロマンティックは独身主義ではないので、当事者の中にはパートナーを持ったり、結婚する人もいます。同居生活自体もじゅうぶんにありえます。一方でパートナーを持ちたくないという人も当然います

このドラマ『恋せぬふたり』が制作発表時点ですでに問題視されているのは、ドラマの設定が表面上は「男女が同居する」という日本のテレビドラマで定番の構成であり、結局はマイノリティ側ではなく、マジョリティ側(異性愛者)の視聴者に受け入れやすい構図になっているだけではないかという懸念です。大半のマジョリティの視聴者は主人公がアセクシュアル・アロマンティックであるということは気にもせず、ちょっと変わった男女の関係のカップルを描いているだけと受け取ってしまい、アセクシュアル・アロマンティックの無理解という悪影響を及ぼすことを心配する当事者もいます。「アセクシュアル・アロマンティックでも“頑張れば”男女で同居できる」という誤った印象(恋愛伴侶規範の強化)を世間に与えてしまうことを、パートナーを持ちたくないアセクシュアル・アロマンティックの当事者はとくに恐れています。

海外の事例を見ると、『Everything’s Gonna Be Okay』というアメリカのドラマでは、主人公(女性)のガールフレンドであるキャラクターがホモロマンティックなアセクシュアルとして登場しており、交際していく展開が描かれます。この作品ではアセクシュアル・アロマンティックではなく、「アセクシュアルというだけで恋愛的関係は結ぶ(アロマンティックではない)」という設定になっているので、誤解を招きやすいような構成にはなっていません。また、同性カップルなので異性愛規範を強化する心配もありません。

なお、ドラマ『恋せぬふたり』の制作にあたっては、アセクシュアル・アロマンティックを含むLGBTに関する活動を行っている「NPO法人にじいろ学校」が「当事者インタビュー(紹介)、資料提供」の協力を行っていることが明らかになっています(参考:@niji_koou)。しかし、脚本段階などでの専門家のチェックなどを行っているかは不明です。海外では脚本制作時点で専門家のアドバイス(監修)を受けることは今では珍しくなく、そもそも当事者自身が制作していることも増えてきました。

また、ドラマ『恋せぬふたり』に関する他の批判としては、主要な製作陣や俳優が現実社会でのLGBT差別に対しても声をあげてくれるのかという不満も聞かれます。日本ではこれまで同性愛やトランスジェンダーを描いた映画やドラマが制作されても、その作品に出演した俳優や監督は実際のLGBT差別に反対する活動に参加したり、支持を表明してくれなかった実態があり、これが当事者の間で不信感を生んでいます。日本では2021年にLGBT当事者への差別を禁ずる「LGBT新法」が議員立法で提出される予定でしたが政府与党の根強い反対意見で見送られ、当事者には失望が広がりました。このときも映画やドラマの業界は当事者の背中を後押しする行動をしていたとは言えない状況でした。

海外では俳優や監督がLGBT当事者の活動を積極的に支援することが当然のようになっていますが、日本にはそのような空気はありません。

ドラマ『恋せぬふたり』をめぐる当事者の不安は、今の日本における当事者の生きづらさを如実に表しているとも言えるでしょう。


『恋せぬふたり』 はまた制作が発表されたばかり。実際はどんな物語が展開されるのかはわかりません。このドラマが“当事者にとって”傑作になるのか、そこが注目されます。

ドラマ『恋せぬふたり』は2022年1月10日よりNHK総合で全8話にわたって放送される予定です。