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MCU映画『エターナルズ』は同性愛だけでなく無性愛も描いた…かもしれない

『エターナルズ』は無性愛を描いたのか

映画『エターナルズ』の革新性

マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)という映画シリーズは『アイアンマン』から始まり、最近は『アベンジャーズ エンドゲーム』が世界的大ヒットを記録し、映画業界を盛り上げています。

そんなMCUの最新作『エターナルズ』が2021年11月5日に公開され、こちらも世界興収は4億ドルに迫る勢いを見せ、コロナ禍で停滞していた映画業界を活気づけました。

この『エターナルズ』はこれまでのMCU作品とは毛色の異なる映画として公開前から話題になっていました。物語は、エターナルズと呼ばれる宇宙からやってきた存在が邪悪なディヴィアンツから人類を守るために何千年も活躍してきた姿を描く、壮大なスケールの歴史SFアクションです。シリーズ過去作との繋がりはほとんどありません。

そしてこの『エターナルズ』で注目された特色のひとつが、メインキャラクターのひとりが同性愛者であるということです。ハリウッドでは長らく大衆向けの大作映画ではLGBTQのキャラクターが堂々と登場することは稀でした。描かれたとしても些細なモブキャラだったりしました。

しかし、この『エターナルズ』は違いました。「ファストス」という男性の主要キャラが登場し、そのファストスは作中で男性のパートナーがいて同棲しており、子どももいて、キスシーンさえありました。これはハリウッド大作映画の歴史においても異例です。

この同性愛の描写があるため、『エターナルズ』はLGBTQの規制が厳しい中国や中東では劇場公開されませんでした。また、LGBTQメディアの「PinkNews」は『エターナルズ』が同性愛差別的な人たちからバッシングを受けて公開前から映画評価サイトで低評価をつけまくる嫌がらせ(荒らし)を受けていたことを報じています。

無性愛のキャラクターもいる?

以下の文章には『エターナルズ』の部分的なネタバレがあります。注意してください。

そんな『エターナルズ』ですが、映画メディアの「ScreenRant」は同性愛のキャラクターだけでなく、無性愛(アセクシュアル・アロマンティック)のキャラクターもいたのではないかと報じています。

その無性愛のキャラクターとして注目されたのが、『エターナルズ』の主要キャラである「セナ」「ギルガメッシュ」という男女の2人です。

この2人は作中ではある事件をきっかけに隠遁生活を長らく送ることになります。2人で人里離れた地でのんびりと暮らしています。一見すると夫婦のような親しい関係なのですが、この2人には恋愛や性愛のような典型的な描写は皆無です。料理を作ったり、精神面で支え合ったりしているだけとなっています。とてもプラトニックな関係性です。

これだけだと無性愛だと断言しづらいのですが、その判断となる材料がいくつかあって、そのひとつがセナというキャラクターの元ネタです。このセナはギリシャ神話に登場する「アテナ」が元になっています。そのアテナは「処女神」と呼ばれてもおり、他者と性的関係を持たない存在です。なのでこの『エターナルズ』のセナも性的関係に興味がないのだろうと推察できます。

誤解のないように補足すると、アセクシュアルは性行為経験が無い人(童貞・処女)と同一の意味ではありません。無性愛者でも性経験がある人はいます。

また、もうひとつの判断材料として、『エターナルズ』に登場する別のカップル、「セルシ」「イカリス」という主要キャラの存在があります。この2人は過去に恋愛関係にあり、さらには作中では性行為も描かれます。裸の男女の2人が絡み合うシーンがこうした大衆向けの大作映画で映し出されるのは珍しいです。つまり、この2人は明らかにアロセクシュアル(アセクシュアルではない人)として描かれており、セナとギルガメッシュの性愛のない間柄と対比されているのです(決してレーティングの問題でセナとギルガメッシュがプラトニックに見えてしまっているわけではないということ)。作中ではアロセクシュアルのセルシとイカリスの関係は悪化していくのですが、アセクシュアルと思われるセナとギルガメッシュはずっと仲睦まじい愛を保ったまま。このあたりも規範的ではない描かれ方です。

『エターナルズ』の製作陣がセナとギルガメッシュが無性愛者であると明言したことは今のところありません。ただし、同性同士のキスなどが描写されれば性的指向が明言せずともハッキリわかる同性愛と比べて、無性愛はそもそも表面的に判断しづらいという性質を気に留める必要はあるでしょう。

無性愛の表象はハリウッドでも現れるのか

ハリウッド映画ではずっと男女のキャラクターが登場すればその2人は恋愛に発展するのが当然でした

過去のMCU映画も同じです。『アイアンマン』、『キャプテン・アメリカ』、『マイティ・ソー』、『スパイダーマン』、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』…主人公の男性がいれば、ヒロインの女性は恋愛要員でした。

こうしたことがハリウッドで常態化していたのは、男女の恋愛を入れておけば観客を惹きつけられるという古い定番の考えがあり、観客の動員を気にする映画会社の上層部などはそれを信じていたためと思われます(実際にそれが事実なのかは疑わしい)。

しかし、最近はその「恋愛は売れる」という考えにも変化が見えます。MCUは『エターナルズ』だけでなく、その前に公開された『シャン・チー/テン・リングスの伝説』でも同様でした。『シャン・チー/テン・リングスの伝説』では、主人公の男性とヒロインの女性が恋愛に発展することなくプラトニックな関係を構築し、それを監督も意図していたことが「ScreenRant」などの映画メディアでも伝えられています。

MCUの原作となっているマーベルのコミックの中には、制作者が「これは無性愛者です」と明言している主人公のキャラクターが登場する作品もあります(以下の別ページで紹介)。

今後は無性愛者のキャラクターがハリウッド大作映画で普通にたくさん登場する日が来るのか。今最もハリウッドの先頭で走っているMCUというフランチャイズの動向はその当事者の待ち望んだ喜ばしい未来を暗示しているのかもしれません。

アセクシュアル(アセクシャル)、ノンセクシュアル(ノンセクシャル)、アロマンティックといったAスペクトラムの表象は同性愛とはまた異なった構造があり、映像作品などでどう表現するべきか、まだその見地も整理されていない部分もあります。今後、事例が増えていけばその議論も活発化していくでしょう。


『エターナルズ』は2022年1月12日より動画配信サービスの「Disney+(ディズニープラス)」で見放題配信となる予定です。