- Q他者に恋をしたり、子どもを産むことは生物学的に自然なことですか?
- A
いいえ、そうした行為を「生物学的に自然である」という表現で、正当化したり、固定化することはできません。「恋愛をすること」や「子どもをつくる・育てること」は社会や文化の中で個人が「するかしないか」を権利として選択できます。
恋愛するのも子どもをつくるのも当然?

世の中には恋愛をしたり、子どもを妊娠して産む人はいっぱいいるよね。

そうだね。それは日常にありふれているね。

でもそうじゃない人もいるじゃないですか。

恋愛をしない、子どもを妊娠しない・産まない…ってこと?

そうですよ。みんながみんな、恋愛をするわけじゃないし、子どもを産むわけでもないですよね。

うん。それもそうだね。他者に性的に惹かれない「アセクシュアル(アセクシャル)」や、他者に恋愛的に惹かれない「アロマンティック」の人もいるし、別にアセクシュアルやアロマンティックではなくても、恋愛をしない・子どもを持たないということは変な話じゃないよ。

でもそれに対して「いや、恋愛をすることや子どもを産むことは自然なことなんだ」「生物学的に当然だ」「当たり前だから」と言って、半ば強制するようなことを言う人もいるよね。

う~ん、残念ながらそういう発言をする人もいるね…。

実際、恋愛をしたり、子どもを産むということは、生物学的に自然なことなんですか?

別に不自然というわけでもないけど、でも自然だと言って正当化することもできないよ。

でも野生動物の番組を見ていたら、みんな繁殖期になったら子どもを作って育てていたよ。

あれは子どもを作って育てている個体だけをピックアップして番組を構成しているからであって、実際に全ての自然界の動物の個体が繁殖しているわけではないんだよ。

そっか。じゃあ、恋愛は?

そもそも動物が恋愛をしているのかはわからない。恋愛という概念は人間社会が生み出したものなので、安易に動物には適用できないよ。

つまり動物だって当然のように恋愛したり、子どもを作っているわけではないんだね。

そう、私たち人間はどうしても動物や自然を人間の価値観に重ねて見てしまうけど、生き物はそんな単純ではないよ。
「権利」としてあなたが選択できる

だったら、人間社会ではどうですか? 恋愛をすることや、子どもを産むことを「当然」として押し付けることはできるの?

できないよ。なぜならそれは「人権」の問題だから。

人権?

「人権」というのは人が当たり前に持っている権利のこと。

権利かぁ…。なんかよく聞くけど、ちょっと小難しそうだから苦手意識があるかもしれない…。

うん、それもわかる。でも権利はとても大事なことで、みんなの生活や幸せに関わる話なので絶対に理解しておくといいよ。

権利について具体的にはどうなっているの?

例えば、恋愛をするかしないか、もしくはどんな相手と恋愛をするかしないか…それを自分で選ぶ権利がある。

ふむふむ。

それに、子どもを妊娠するかしないか、産むか産まないか…それを自分で選ぶ権利もある。

なるほどね。

これは「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」と言って、英語で「Sexual and Reproductive Health and Rights」と書くので、頭文字をとって「SRHR」と表記したりするよ。

その「SRHR」の権利は、何か条件を満たさないと得られないの? 登録しないとダメとか。

ううん。そんなことはない。権利はみんなに等しく与えられる。あなたがこの世に生まれたらその権利を享受することができる。それが「人権」なんだ。

それはすごいね。そんなすごいものを私も持っていたんだ!

そうなんだよ。この「SRHR」という権利は、国連でも解説されている世界的に認められた人権だよ。

だから「恋愛をするのは当然」とか「子どもを持つべき」みたいに押し付けられる筋合いはないんだね。

そのとおり。それは権利の侵害になるからね。
「生物学的」「自然」という言葉に注意

権利というのは「恋愛」や「子どもを持つ」といったことにも関わってくるんだね。

うん。社会や政治はその人々の権利を守る義務がある。

でも守られてなくない?

残念ながら完全に権利が守られているとは言えない側面もあるね。だから改善を求めていかないといけない。

そうだよね、権利なんだし…。

そうやって権利を求める声を封じ込めようとする人たちの中には「生物学的」「自然」という言葉を悪用するケースもある。

「恋愛をしたり、子どもを作ることは生物学的に自然なことだ!」と言って納得させようとするんだね。

そうなんだ。でもそれはズルいやりかたであり、間違っているので気にしなくていいよ。

なんで「生物学的」とか「自然」って言葉を使うのかな?

権利を直接否定はできないから、そういう「生物学的」や「自然」という言葉を駆使して論点をずらし、相手を誘導しようとするんだよね。

なんて卑怯なんだ…。

だから「性」や「恋愛」または「出産」にまつわる人間の生き方の議論の中で、この「生物学的」「自然」という言葉が飛び出して来たら、それは注意だね。「種の保存」なんて表現で正当化しようとする人もいるけど。

胡散臭い言葉使いには警戒しないといけないね。

話を戻すけど、恋愛をするしないも、子どもを産む産まないも、全部は「権利」の話だ。あなたが決めていい。

恋愛をしなかったり、子どもを作らなかったりしても、責められる理由はないんだね。

もちろん逆に恋愛をしたり、子どもを作っても、責められる理由はない。何度も言うけど、これは個人の権利だから。個人で自分の選択をできることが大切で、社会はそれを尊重しないといけないよ。

みんなの権利を大事にしようね。
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編集部コメント
恋愛をしない人や、子どもをつくらない人に対して、「それは生物学的におかしい」「自然に反する」といった言葉をぶつけてくる人もいますが、そうした言葉は相手の権利を侵害するものです。恋愛をしないことや、子どもをつくらないことは、何も特殊な話ではありません。個人の権利として当然に尊重されることになります。
類似質問ワード
「恋愛するのは当たり前?」「子どもを作るのは当たり前?」
「恋愛するのは自然なこと?」「子どもを作るのは自然なこと?」
「恋愛するのは生物学的に当然?」「子どもを作るのは生物学的に当然?」