- Qアセクシュアル(アセクシャル)の人は性嫌悪があるのですか? アセクシュアルは性嫌悪障害と同じですか?
- A
アセクシュアルの人の中には性嫌悪がある人もいます。一方で性嫌悪がない人もいます。アセクシュアルと性嫌悪障害は異なるものです。
性嫌悪って何だろう?
「性嫌悪」という言葉が使われているのをよく見かけたりするのですけど、これってアセクシュアルと関係あるのですか?
それね。説明するのが大変な話題のひとつだね。
あ、そうなの? ちょっと長くなってもいいので説明してもらえますか?
「性嫌悪」というのは、多くの人は「性的な行為や話題を不快に思って避けようとする状況」のことを指していると考えるだろうし、実際にその言葉をそういう意味で使っている人が大半だと思う。
そんなイメージですね。友達とでも「エロ」に関するトークはしたくないとか、性的な広告やイラストは見たくないとか、セックスシーンのある映画は好きじゃないとか、他人から性的な対象として見られるのが嫌だとか、そういうのも含まれそうですよね。
そういうざっくりした「性に対する不快感」という意味もあれば、「性嫌悪障害」という精神疾患も以前はあって、そちらでは「パートナーとの性器での接触を嫌悪して拒絶する状況」を意味しているんだよね。つまり、かなり性行為というシチュエーションに限定した言葉になっている。
性嫌悪障害なんてものもあったんですか。知らなかった。
だから「性嫌悪」と一言で言われても、それが何を意味しているのか、とても広範すぎるせいもあって、漠然としていて掴みづらい。ゆえに議論しづらいんだよね。
確かにあらためて言葉にすると整理が難しいなぁ…。
ちなみに今のは日本語での話であって、英語だとまたいろいろな表現がある。例えば、日本語の「性嫌悪(ざっくりした意味のほう)」に一番近い用語は「sex-repulsed」だと思う。「repulse」は「拒絶」とかの意味だね。
聞いたことのない英語だなぁ…。
他にも「sex-averse」や「sex-neutrality」、「sex-negativity」といった用語もあって、それぞれでちょっとずつニュアンスが違ったりもする。まあ、日本語圏で暮らすうえでは全然知る必要性はないかもだけど。
性嫌悪があるからアセクシュアル…というわけではない
それで…性嫌悪とアセクシュアルの関係は?
まず言っておくと、アセクシュアルかどうかを判断する指標として「性嫌悪」は関係ないよ。つまり、アセクシュアルの人はみんな性嫌悪があるとは限らないし、性嫌悪があるからといってその人がアセクシュアルということにもならない。
あれ、そうなのか~。すごい関係ありそうだったのに。
いや、確かにアセクシュアルのコミュニティの間では「性嫌悪」に関する話題は多いよ。英語圏でも「sex-repulsed」という用語を最も頻繁によく使うのはアセクシュアル・コミュニティだと思う。だから関係はあるんだよ。でも直結する指標にはならない。
なぜですか?
性嫌悪を持つ理由は、アセクシュアルという性的指向だけではないからだよ。
例えば?
いろいろあるんだけど、例を挙げると、性的暴行やイジメが原因でトラウマがあるから性嫌悪を抱くということもある。また、過去にパートナーと性行為が上手くいかなかったとか、性行為経験がなくて不安で怖いからという心理的要因もありうる。
それは性嫌悪になるのも納得できるね。
性差別を受けやすい女性なんかはとくに自分を性的なモノ扱いする視線や態度は不快感があって当然だと思う。それも性嫌悪につながりやすいよね。実際に性嫌悪を抱くのは女性が多いと言われているし、アセクシュアル女性の中には性嫌悪というよりは「性的に消費されること」の嫌悪を訴える声は大きいよ。
セクハラとかね。
そもそも性的なトークにしても同意なしにやられたらそれは普通にセクシャルハラスメントだからね。性的な映像や画像だって強引に見せられたら嫌だよね。でもその状況をいちいち「セクハラ」とか「性差別」と言いづらい状況もあって、だから言葉を濁しつつ「性嫌悪」という状況に陥ることになる…こういうことは多いと思うよ。
事情は人それぞれあるよね。
そういう人たちはそんな嫌な体験や状況がなければ性嫌悪を強く抱くこともなかったかもしれない。これは社会的な要因だね。
性嫌悪は普通によくある
それに性嫌悪というと特殊な状態に思えるかもしれないけど、性嫌悪はわりと普通によくあることでもあるよ。
そうなの?
例えば、小学校で性教育を行う。すると大半の子どもたちは最初は嫌悪感を示す。それは「性」というものをタブー視する価値観が幼い頃から植え付けられているというのもあるし、大勢がいる場でそういう性の話はしたくないというのもある。それに思春期だし、自分でも不安や悩みを抱えている性について話題を避けたがるのは当然の反応だよね。
でも知識を身につけていくことで性嫌悪は消えるんじゃないの? もしくは性行為経験を重ねることで…とか。
それでもその人がどういう経験があろうと年齢がどうであろうと、性嫌悪はあってもおかしいことじゃないよ。だいたい性というのはセンシティブなものなんだから、嫌悪という言葉だとキツすぎるかもしれないけど、警戒するのは普通でしょう。
ところかまわず「性」を押し出す方が変かもね。
逆に「性を嫌悪してはいけない」という価値観こそ疑うべきじゃないかな。人間は性に対してポジティブであるべきというのは、かなり都合のいい押し付けだと思う。
そういう見方もあるんですね。
かといって「性に対して慎ましくあれ」とか、「若者の性の乱れが…」とか、うるさく言うつもりはないし、その思考もダメだと思う。大事なのは性との向き合い方を他者や社会に決められるのではなく、自分の意思で決められる自由が与えられることじゃないかな。性に消極的になるか、積極的になるか、それはあなたが決めていいんだよ。
もちろん一方的に相手を性的に傷つけるのはアウトだけどね。
性嫌悪障害も見直されるべき
そう言えば最初の方で「性嫌悪障害」という言葉も出てきたけど…。
これに関しても医学的見地はともかく、アセクシュアルの観点から見れば、性嫌悪障害という概念は見直されるべきという指摘があったんだ。
それはどうして?
この性嫌悪障害は、「人はセックスをするのは当然だ」「性的行為を望むのが普通だ」という認識が前提にある。セックスレスは夫婦関係の崩壊の兆し…みたいな価値観だ。でもそれは間違っている。
アセクシュアルの人たちをないがしろにしているよね。
ハッキリ言えばアセクシュアルに対してとても差別的だ。アセクシュアルを病理化しかねない危険性がある。そうでなくてもアセクシュアルは病気ではないし、治す必要もないのに。
医学の世界ではアセクシュアルは認識されていないの?
残念ながらあまり…。今、英語圏のアセクシュアル活動家を中心に、医学界に対して意見を述べて一部の精神疾患に対して改善を求める動きも起こっている。アセクシュアルを病気や障害扱いしないようにね。実際に診断カテゴリの変更もされたよ。
じゃあ、あまり気にしないほうがいいね。
うん。性嫌悪障害というインパクトのある言葉を見かけても、アセクシュアルであろうと、性嫌悪を持っている人であろうと、あまり考えすぎないでほしい。
性嫌悪を嫌悪しないで
整理するけど、性嫌悪がないアセクシュアルもいれば、性嫌悪があるアセクシュアルもいるし、性嫌悪があるけどアセクシュアルではない人もいる…っていうことだね。
そうだね。三者三様だね。
どうやってこれを他人にわかりやすく説明すればいいんだろう?
私も教えてほしいくらいだけど、プールに例えてみようか。
プール? あの泳ぐやつ?
プールに嫌悪感がある人がいるとする。その理由はいろいろだ。泳ぐのが苦手だとか、過去に溺れた経験があるとか、水着を着たくないとか、塩素で体調が悪くなるとか、プールに浮かんでいる虫が嫌だとか…。でもそのプールで泳ごうと思えば嫌悪感をこらえて泳ぐこともできる人もいるでしょう。
嫌悪感と能力は違う話だね。
この例えにおいてアセクシュアルに該当するのは、プールにワクワクした興味が全く湧かない人だよ。プールしたい!と思わない。嫌悪感の有無に限らずね。
惹かれるかどうかってことだね。
もし性嫌悪があるのは自覚しているけども自分がアセクシュアルかどうかわからないという人がいたとする。そういうときは性嫌悪は一旦脇に置いてちょっと別の視点でスケールを大きくして考えてみるといいよ。
ほうほう。
例えば、自分はこの長い一本の人生の中で「性的関係」を強く欲しているだろうか…と。もし「私のその長い道のりの中で理想の性的関係に出会えることにワクワクしている自分がいる」のだとしたらアセクシュアルではないのかもしれない。「まるっきり興味が湧かない」のだとしたらアセクシュアルかもね。
性嫌悪は関係なしだね。
性嫌悪が仮に緩和したり、解消しても、アセクシュアルのままでいることはできるから、別に不安にならないでね。そして何よりも「性嫌悪を持つ自分」を責めたりしないで。あなたが悪いことは何ひとつないよ。
そうだよね。
もちろん性嫌悪が自分のアセクシュアルであることと深く結びついている人もいる。それもまた尊重されるべきことだよ。
次のオススメな疑問解決
編集部コメント
「アセクシュアル=性嫌悪を持つ人」ではありません。性嫌悪を抱く理由は人それぞれです。性嫌悪それ自体は悪いことではありませんので、劣等感を感じる必要性はありません。性嫌悪を抱く人が不当に咎められることのないように、そして自己決定的ではない性嫌悪の原因となる性差別・性暴力などは絶対に許されません。
簡易アンケート調査
類似質問ワード
「アセクシャルは性嫌悪?」「Aセクシャルは性嫌悪?」